中小企業の実状を考えていない研究開発税制-2

中小企業の実状を考えていない研究開発税制-2
税理士 兵頭始 著者:兵頭始税理士事務所 税理士 兵頭始
前回は、「試験研究費の総額に係る税額控除」制度は、試験研究費を支出した年度の法人税額の25%が上限となっている (「繰越控除」や「繰戻し還付」などの措置はない)ことを述べ、そのために赤字法人が多く利益水準の低い多くの中小企業にとって、活発な研究開発活動をしても支出した支出した金額に見合った減税(税額控除)を受けるチャンスは大企業に比べて非常に少なく、現在の研究開発税制は中小企業の実情を考慮した設計になっていないことをお話ししました。

今回は、これを裏付ける2つの調査結果がありますのでご紹介します。

黒字法人と欠損法人
(国税庁 平成25年度会社標本調査「税務統計から見た法人企業の実態」 -平成27年3月-より)

会社の区分黒字法人欠損法人合計
資本金1億円以下805,979社(31%)1,756,926社(69%)2,562,905社(100%)
資本金1億円超16,354社(76%)5,081社(24%)21,435社(100%)
合計822,333社(32%)1,762,007社(68%)2,584,340社(100%)

資本金が1億円超の会社の76%が黒字であるのに対して、 資本金1億円未満の会社で黒字なのは、わずか31%です。
このことから、中小企業が研究開発減税を受けるチャンスは大企業に比べて非常に少ないことが分かります。

製造業の売上高経常利益率
(日本銀行 平成27年9月企業短期経済観測調査―日銀短観9月調査―より)

会社の区分2011年度
2012年度2013年度2014年度2015年度(見込)
資本金2千万円以上1億円未満3.07%3.31%3.64%3.83%3.93%
資本金1億円以上10億円未満4.13%4.01%4.85%4.74%4.96%
資本金10億円以上4.11%4.64%6.45%7.38%7.59%

この調査結果は、企業規模が小さいほど利益率、 すなわち収益性が低いことを明確に示しています。
このことから中小企業は、黒字を計上して研究開発減税の適用を受けることができたとしても、利益水準が低いために法人税額の25%という税額基準額で打切りにされてしまい、研究開発費の支出額に見合った控除を受けられることは、大企業に比べて少ないと考えられます。

赤字会社が多いことと共に、中小企業の収益性が低いことが、研究開発税制による減税総額の93%を大企業が享受しているという結果となっているのではないでしょうか。

以上の2つの調査結果からは、企業の研究開発活動を税制面から支援するためには、控除限度額(税額基準額)を、企業の規模などによって違いを設けることや、その年度の法人税額から控除し切れなかった金額は、翌年度以降の法人税額から控除するなどの措置を講ずることが実態に即していると言えます。

具体的には、中小企業については少なくとも次の2つの措置を講ずる必要があると考えます。

1.税額控除限度額(税額基準額)を引き上げる

研究開発費(試験研究費)の支出額に対して12%の控除率という中小企業に対する優遇措置は、現実的には収益性の高い中小企業にしか効果は及ばないと思います。
むしろ税額基準額を引き上げる方が、中小企業全体に対して効果が及び易くなるのではないでしょうか。

2.控除し切れなかった金額の繰越控除を認める(翌年度以降数年間の法人税額から順次控除する)

これらの措置を講ずることによって、中小企業にとっても研究開発費の支出額に見合った税額控除を受けられる可能性が広がり、企業規模間でバランスのとれた、真に研究開発活動を促進する税制になると考えます。

日本を除く主要国では、その年度の法人税額から控除しきれなかった金額は、
① 翌年度以降の法人税額から控除する
② 中小企業については、現金で還付受けることができる
などの措置が講じられています。

以下に、いくつかの主要国の
①税額控除限度額(税額基準額)と、
②その年度の法人税額から控除しきれなかった場合の措置などを、簡単に紹介しておきます。

主要国の研究開発税制
(経済産業省 平成25年度「海外主要国における研究開発税制等に関する実態調査」、平成24年度「海外主要国の研究開発税制及びイノベーションボックス税制に関する実態調査」より作成)

※ドイツには、現在のところ研究開発に対する減税措置はないもようです。
※イギリス、中国、シンガポールは、税額控除に替えて研究開発費の金額の一定割合を課税所得を計算するときに追加して損金算入する方式を採っています。

1 控除限度額(税額基準など)

日本法人税額の25%
アメリカ法人税額の75%と、法人税額から暫定ミニマム税額を差引いた金額のいずれか小さい金額
(実際はもっと複雑なものです 単純化しています)
カナダなし
フランスなし
韓国なし
オーストラリアなし

日本とアメリカ以外は、法人税額の一定割合までしか控除を認めないとする制限はありません。
法人税額と同額まで控除ができます。

2 その年度の法人税額から控除しきれなかった場合の措置  

日本① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
なし
なし
なし
アメリカ① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
20年
1年
なし
カナダ① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
20年
3年
中小企業のみ、原則として全額還付
フランス① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
3年
なし
3年間の繰越控除後に未控除残額がある場合は、還付される
(中小企業等は、即時還付を受けることができる)
韓国① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
5年
なし
なし
オーストラリア① 繰越控除
② 繰戻し還付
③ 現金還付
無期限
なし
中小企業のみ45%が還付される

日本を除く各国には、繰越控除制度があります。 最短は韓国の5年、最長はオーストラリアで無期限の繰越ができます。 フランスは、3年の繰越期間内に控除し切れなかった金額は現金で還付されます。
さらに、カナダ、フランス、オーストラリアでは、 中小企業に対して現金還付の措置が講じられています。

※追加損金算入方式を採っている国
この方式では、欠損金の繰越控除の期限まで繰越税額控除と同じ効果がある。

イギリス① 欠損金の繰越期間
② 繰戻し還付
③ 現金還付
無期限
1年
部分的な還付を選択できる
中国① 欠損金の繰越期間
② 繰戻し還付
③ 現金還付
5年
なし
なし
シンガポール① 欠損金の繰越期間
② 繰戻し還付
③ 現金還付
無期限
1年(上限あり)
部分的な還付を選択できる

イギリスとシンガポールは、無期限の繰越控除ができるのと同じ効果があります。
また、追加損金算入方式では、税額基準による控除額の制限はありません。
以上から、日本の研究開発税制が、諸外国の同税制に比べて著しく劣ったものであることが分かります。

「研究開発」は、税務や会計において特殊な分野です。
研究開発に関する税務や会計は、当事務所の得意分野です。
内閣府や文部科学省の政策立案担当の方々が当事務所を訪れたこともあります。

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